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*work*
らでぃ~!
2008年に発行された幻の冊子。テーマは「南のムラ」そして「水を巡る旅」。
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食のたからもの再発見
東京財団2009年度政策提言プロジェクト全25編。今の時代に残る各地の食の「記憶」をまとめた貴重な記録。「釜炒り茶」「木曽赤かぶ」を担当。各方面で活躍中の執筆陣に叱咤され貴重な経験させてもらった。椎葉村、九州のお茶は忘れられません






味の箱舟/ark of taste
2007年、スローフード協会のプロジェクトに協力。現在22品目が国際認定を受けた、日本の「味の箱舟」品目のうち13品目の認定を手伝った。認定品目(英語)はこちら




ここきち!
知人のMさんがやってる農家レストランポータルサイト。



国友農園
高知県いの町、山奥の実生自生のお茶を再生させた釜炒り茶。自然とともにあるお茶の原風景が広がって



熊野鼓動!
がんばってほしい友達がいるところ。



お米のふなくぼ
お米のこと、ごはんのことを大切に考えるお米屋さん




森の空想ミュージアム
宮崎県西都市。児湯郡木城町茶臼原のすぐそばで、祈りの空間。主宰は高見乾司さん。九州の民俗仮面博物館もある






*ナナオサカキ*
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ponchu

Author:ponchu
日本の歩き方……おいしい村はどこにある? by タケウチアマネ

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おいしさは言葉で表せるか

言葉は、私たちの食という体験の、ごく一部分だけに張り巡らされた粗い目安のようなものである…とても窮め尽くせないほど無限に広がった味の質感の世界…言葉ことが、人間らしさの根幹をなすという根強い考え方がある。そのような言葉中心主義をとると…言葉にあえてしないことで、その感触の純粋さを保つ…

……おいしさは言葉で表せるかより

 言葉中心主義という主義があるのだと知ったが、どこかで「言説として語りうるものの総体を知という」というようなことを読んだことがあった。逆に言えばすべてのことは語り得るのだ、なるほどと思ったが、どうだろうか。

 僕が常々感じていることから言えば、語り得るとすることで様々にコミュニケーションがラクになるとは言える。茂木さんが指摘するように、食べ物のおいしさなど、どんなに言葉の修行を積んだ人とて、本来言葉で語り尽くすことなどできるはずもない。しかしコミュニケーションの利便となると、語り尽くせないことは問題ではなくなる。言葉にできることだけでコミュニケーションという手続きを進めることが重要になってくるのだ。

 しかし、手続き上わかりやすい、すなわちコミュニケーションが進みやすい言葉のみで表面上のコミュニケーションが成立したとして、その成立に要した言葉だけがすべてとなり、言葉を使う当人も、表現の努力を放棄してしまえば、世界は一気に短絡化の危険を孕む。本当は伝えきれていないという謙虚を忘れ、伝え合うべき何かを共有できてはいないという事実を忘れれば、世界は無味乾燥に近づいてゆくだろう。それは言葉で語れないものなどないという知と、言葉の誕生以前から機能してきた脳という比較から説明可能なのだということではあるが、言葉のことは、様々な要素がからむ問題なのでもう少し整理して考え続けよう。

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甘楽町…新井俊春さん

 群馬県の甘楽町に来た。ここは甘楽町有機農業研究会という団体が活動する場所。代表の新井俊春さんにお世話になっている。11月に予定している勉強会の打ち合わせを兼ねて、この団体の野菜の仕入れ担当のJちゃんと一緒に畑も見て回った。新井さんという人は有機農業のロマンチストだ。

 それぞれが独立し独自の有機農業の技術を持つ、まだ見ぬ遠くの仲間と、夜を徹して語り合いたい。

 それが新井さんの描く学びの場“めだかの学校”のイメージだと今回知った。新井さんはトマトとかの果菜類と、葉物関係の路地野菜をつくているが、それぞれに有機でつくるには長い年月をかけて試行錯誤を繰り返した蓄積がある。農薬や化学肥料を使わずに、病虫害を打ち負かし、どうやっておいしい野菜を育てるか。有機農業の世界はある意味孤独な世界で、先生はいないしその土地ごとの様々な試行錯誤の連続と言える。

 あるとき北海道で有機農業をやっている生産者(女性)が「ああ時々みんなで集まるだけで元気が出てくるよ」と言っていた。それぞれの土地で有機農業をしている人は少なく、回りが除草剤1発畑にふって終わりにする作業も、有機では毎日の草取りとの戦い。「さっさと薬播いちゃえばいいのに」との無言の批判に耐えつつ畑に向き合う孤独さも、年に1回の同好の志との会合ですっきりさっぱりできるということだ。

 新井さんは慰められたいとは考えていないが、自分の技術や工夫を、それがわかる仲間に伝えたい気持ち、自分と同じような技術水準の仲間の話を聞きたい気持ちを強く持っている。それを称して彼は“めだかの学校”と呼ぶ。春にここを訪れたとき、僕は甘楽有機の皆さん、昔は誰もが蚕と共に暮らしていたと知り、20人弱のみんなが有機という志と、養蚕という山と畑の思い出を共有している絆なのだと知ったが、一本立ちの有機農家としての新井さんが、より大きな意味の仲間を希求していることに、少しならず感激した。新井さんの求める仲間が、仲間として集う場を、僕はつくってみたいと思う。

 昼の畑では空芯菜、ツルムラサキ、キウイ、シイタケ、サトイモと見て回る。サトイモ畑ではタカキビと思しき植物に出会い、おおここにも昔から雑穀との交流があったかと聞くと「これは風除けの緑肥用のソルゴーだよん」とがっかりしたり。f:id:buonpaese:20070928151250j:image:leftf:id:buonpaese:20070928151444j:image:leftf:id:buonpaese:20070928164958j:image:leftf:id:buonpaese:20070928165650j:image:left

 空は高く秋も深い感じだ。中秋の名月が続く。この日の夜は甘楽の皆さんとBBQ。名月名月。

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山口マオ

 昔の友人、山口マオに会いに行った。15年か20年ぶりあたり。彼は絵描き。

 大学でいっしょにバンドやったり大学祭で居酒屋やったり、夜の町をほっつき歩いてはヘンなもの拾ったり、僕が美麻村の遊学舎に通い始めたのも彼がきっかけだ。版画を専攻してしばらく東京で暮らし、賞をもらったりでメシが食えるようになり、今は生まれ故郷の千倉に住んでいる。昔と変わらないような海が目の前、久しぶりに訪れた房総はなんか懐かしく、昔話も手伝ってか楽しい一日であった。昔から正面きってモノゴトを進めるよりか、斜に構えつつ明るく自分のポジションを生み出す人間で、そのフシギな存在感は彼の絵の世界と全く同じ、というか体質で絵が描けるタイプ。彼の絵を眺めていると、ああこんな場所に世界があるのかとホっとさせられる。根っからのアーティスト。僕は彼の描く青い色が大好きである。

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 この日の夜は寝付かれず。しかも中秋の名月前後とあり、夜の海の頭上、天空は月が晧々と雲間を照らしていた。海辺の散歩。f:id:buonpaese:20070927011222j:image

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おいしさと、脳のなかの感覚統合

…複数の感覚が統合される過程で、統合の対象となっている感覚からは類推が利かないような、新しいクオリアの次元が生み出されるのが、感覚統合のプロセスの本質…味覚に限らない。我々の感覚とは、既存の感覚の組み合わせが、全く新しい感覚の次元を生み出してしまうことで広がりを獲得している…おいしさとは、まさに、感覚統合の芸術なのである…素材を集めて、料理をするということが、まさに人間の本質のど真ん中にある営為であるように思われてくる…食べるという官能の世界の中にこそ、新しい体験の次元を求めてやまない、人間の尽きることのない探求心が潜んでいる…

……おいしさと、脳のなかの感覚統合より

 昔も今も不思議に思うことがある。それは人類というか、人間が何百年何千年も、常に新しいうたが生まれ続けることについてだ。量産される流行りのうた。歌詞も曲も、その基底に流れる主題は、人生46年も生きているので、ああ昔も今も若者の主題は一緒なのだなぁと思ったりもするが、それにしても節回しや楽器、その使い方、歌う人間の微妙な個性の違いで、やはり常に新しい。

 例えばここで自分は、音楽という長い時間の流れでその傾向を聴き取ると同時に、歌っている個人の音楽についての経験の範囲や嗜好も読み取ろうとする。それは、その音楽の新しさが歴史時間においてどのような経験の蓄積の上に成り立っているのか、またその個人の経験がどのような蓄積のされ方でそのうたにたどり着いたのかを類推するようなものだ。

 なぜこんなことを考えたのかというと、音楽についても、茂木さんの感覚統合の説明があてはまると思ったからだ。幼い頃聴いた曲のクオリアが、音楽だけでなく音についての様々なインプットの蓄積がその人の音についての経験であり、そこからのアウトプットは新しいクオリアを生み出す料理。そのようにして生まれた数々の音楽に囲まれ更に新しい経験が重層をなし、その追体験が再生産されていく過程が音楽の歴史。これはアートでも何でも、人間の構築するすべてのことにあてはまるだろう。

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エイサー

 これは先週のこと。僕の済んでいる相模原のとなり町の町田でエイサー祭りをやっているというので家族で見に行った。9月に入り凌ぎやすい涼しさになってきたなと思っていたら、この日はまるでエイサーを盛り上げるためのようにムチャ暑く、真昼間、アスファルトの道路いっぱいを埋め尽くした人だかりも手伝って、とてもビール(もちろんオリオン)のおいしい束の間を過ごすことができた。

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 時間は確か午後1時ごろ。まだ始まらぬかと歩道を埋め尽くす観衆。4斜線道路は準備ばんたんと先陣を切って踊るグループが待機。照り返しもあって体感温度はゆうに40℃は越え、やっとかと開始のアナウンス。そしてしばしの静寂の後、高らかな太鼓の響き……。ぐぐっと、体の中からぞくぞくする感覚。耳慣れた節回し、三線の音色、合いの手の叫び……。

 思うに僕は“祭り”という感覚も忘れていたんだ。

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 ここ4年ほど、毎年夏には、家族でどこかに出かけていた。沖縄も2度ほど。それは僕らにとって、どこかに楽しみに行くというほどの行為であって、どこかに帰るというのではない。田舎を持ち、毎年田舎に帰る人というのも最近は少ないのだろうが、仮にこのエイサーのように、いつも帰れば自分を待っているような“祭り”が心にしまってあるような人を、この時とてもうらやましく思った。

 現代は、祭りのように“いつも必ずあったはずのもの”を破壊してきた社会であった。僕も父母は田舎を持つが、東京での核家族暮らしの第二世代である僕らは、心の中で、“祭り”のように、そのようにして失われてきた、様々な何かへの喪失感を、いつか取り戻したいと願っているのではないだろうか。

“おいしい村”も、煎じ詰めればそのようなことのような気がする。

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