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東京財団2009年度政策提言プロジェクト全25編。今の時代に残る各地の食の「記憶」をまとめた貴重な記録。「釜炒り茶」「木曽赤かぶ」を担当。各方面で活躍中の執筆陣に叱咤され貴重な経験させてもらった。椎葉村、九州のお茶は忘れられません






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2007年、スローフード協会のプロジェクトに協力。現在22品目が国際認定を受けた、日本の「味の箱舟」品目のうち13品目の認定を手伝った。認定品目(英語)はこちら




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日本の歩き方……おいしい村はどこにある? by タケウチアマネ

F1の自家採種…岩崎政利さん

 種苗会社はふつう、交配1世代目には親の良い形質ばかりが現れる雑種強勢という性質を利用して販売用の種を生産しているが、これがいわゆるF1品種(交配種)。しかしそのF1から生まれた第2世代の種は形質がばらつき、栽培用には使えないのが常識。そこで生産者は種を買い続けることになるのだが、岩崎さんはそのF1の自家採取にも挑戦している。

■時間のかかるF1品種の固定

 これまで在来種、固定種をずっと選抜してきたんですけれども、今の野菜のすべてが、在来の固定種でうまくいくかと考えた時に、非常に限界があって、たとえば夏のきゅうり、トマト、キャベツ、あるいはブロッコリー、カリフラワー、白菜、そういう主要野菜が、なかなかいい固定種がないんですよね。これは農家が新しく育成をするしかないと思うので、いろんな野菜のF1種を固定する方法を、育種家に技術を教えてもらったりして、試行錯誤で進めているのです。

 僕の経験からしますと、やはりF1種からだと、それは長い年数というのが必要になってきます。しかしこれをクリアしなければ、これからの自家採種の拡大はありえないと思うので、やはり定期的に、F1の固定の仕方、育成の仕方、選抜の仕方など、育種家の方と研修会をしながら、地道に調べていかなければいけないんじゃないかという感じがしています。

■種を農民につなげていく

 たとえば青首大根の固定種がなかなかないということで、F1から選抜を続けて今年でF6、つまり6年たったのを持ってるんですが、まだ少しばらけてますけれども、だいたい5年くらいで揃ってきまして、来年あたりは生産者にも分けてあげられるようになってきています。選抜して3年目では、まだとても自分でも作る勇気がないくらいばらけますね。ブロッコリーなんかはF6になってもまだまだ。いつになったら固定するのかな、というものもあります。そういうふうに、非常に時間がかかるということです。

 しかし、やはりブロッコリーは自分で作りたいということで、いまだにF6でも、迷いながら選抜を続けているんです。その逆ズッキーニは早いものでF3でだいたい揃ってきて、F3かF4で人にあげられるようになってきたりします。そういうたくさんのF1種を固定して、もし固定すれば、いいものであれば皆さんに交換に使ってもらえればな、ということでやっているんです。

 やはり誰かが損をして、10年なり、固定してくれないと、その種が農民につながっていかない。誰かがしなければいけない道だと思うのです。やはりF1種の固定というのはこれからの課題だと思うんですよね。

■F1とは何か

 以下は在来種や固定種にこだわって種を研究し販売している、埼玉県飯能市の野口種苗研究所の野口勲さんから聞いた、種苗会社がどのようにF1品種を作るかという話。

 まず、そもそもの初めからの、天然のF1などあるはずもなく、どんなF1でもその元は固定種だということ。すなわちいずれかの土地で、その土地ごとに代々農家によって受け継がれてきた、人間共通の財産だということ。

 種苗会社はこの固定種から特定の形質が顕著に現れるまで選抜を繰り返します。すると自家不和合性という、同じ系統の中では和合(結実)しない性質が固定されてくる。岩崎さんは講演で、人参の母本選抜を徹底的に繰り返して種が取れなくなった経験(前号「自家採種を進める」参照)を話されたが、まさにこの作業を行なって、一方は耐病性が高く、他方は味がよいといった品種を2種用意するのだ。

 是非はともかく、自家では結実しない、すなわち生命力のない種を掛け合わせて結実した第一世代の種、それが世に言うF1品種、というお話しだった。

■次世代への投資

 さて、岩崎さんが進めている自家採種の取り組みは、F1品種においても一貫している気がする。それは「次世代性」とでもいえるだろうか。この連載の最初、岩崎さんは「在来種は生命力が強い」と言っておられるが、この「生命力」を、「種を次世代に継いでゆく力」と捉えたとき、岩崎さんはF1品種の中にすら、その潜在的な、遺伝的な形質としての生命力を見出そうとしているのではないかと思うのだ。

 種の潜在能力が、人工的な手段ではない、本来の永続的な方法でしっかりと現れ、それが次世代に受け継がれてゆく、その折衷点を模索する。これが岩崎さんの自家採種の取り組み。岩崎さんのアプローチはF1品種において、より多くの時間がかかるが、農業全体の「次世代」を見据えた岩崎さんの投資なのだ、と捉えることができはしないだろうか。

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自家採種を進める…岩崎政利さん

 岩崎さんのお話その2。自家採種を進めてきたこれまでを振り返った。

■広がる自家採種の世界

[最初は不安な自家採種]私たち農民が使っている種というのは、今までほとんどが種苗会社から買って種を蒔くという、それが現状の農家の姿であったとおもいます。いろんな種苗会社のカタログを見て、毎年毎年出る、交配種、すぐれた種を使っていたわけですが、有機農業をすることによって、自分にしかない野菜を作りたい、もっとおいしいものを作りたい、ということで自家採種に踏み切ったわけです。

 始めた当初、本当にできるのかという不安がありました。しかし、幸いなことに私は地元特産の五寸人参の採種を種苗会社に委託されて、3年ほど種採りをやった経験がありまして、その人参から始めたわけです。

 しかしその人参でさえ、不安ですからやっぱり販売用には市販の種を買って蒔く。そこで最初は1列蒔いてみる、姿を見てチェックして、そして、「あ、自分の種でもそんなに変わらずにできる」ことがわかってきて、1年目は1列だったのが2年目は5列、3年目は1畝になり、5年目は自分の種すべてで五寸人参の生産に入ったわけです。

[種が取れなくなってきた]その後、もっとおいしいものを、もっとすばらしいものを、ということで種苗会社の母本選抜以上に厳しく選抜をして、ずっとそれを繰り返してきました。優秀な種をまさに選び抜いてゆくこの方法には非常に自信をもっていたのですが、5年、7年、8年と経つ中で、今度は種が採れなくなってきた。そして生命力も弱ってきたのです。

 人参の母本を選抜するときに、一番人参をひきぬいた瞬間にわかんるんですが、だいたい美しい人参というのは女性、ということで女性人参、少し節が太くて元気があるほうが男性人参、ということで分けてますけれども、私は(優秀な)女性人参だけを選んで種取りしてましたので、種が取れなくなってきたのではないか。そういうことに気づいて、3~4年前から(粗雑な?)男性人参も加えるようにしましたら、またもとの種のように還ってきまして、生命力もついてきまして、あーこれでよかったんだなということで。

[種の多様性を残すこと]そんなことから、見栄えの良いものだけを純粋に選抜したいというような人間の欲望で、そういうふうにしてはいけない、もっと私たちは野菜の立場になって、種の立場になって、種採りをすべきなんだということがあって、そういうことに気づかなければ自家採種は続けられないんだな、という感じもしています。農民として大切に種を守っていく中で、それこそ本来の多様性、やはりあまり純粋的に育てない、多様性をもたせる、ということが(あまり純粋になると種が取れなくなったり生命力が弱くなったりしますから)、種はある程度多様性が非常に大切だな、という感じがします。

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[野菜の個性が見えてくる]こういうふうに自家採種を毎年繰り返してきますと、私たち野菜農家にとって、まったく見えなかった世界が見えてきたのも事実です。

 全部同じに見えていた野菜も、実際自分が選抜をして、ひとつひとつの株の姿、個性特性あるいは姿を見ていきますと、その顔が見えてくる。ひとつひとつの個体がよく見えてくることがわかってきました。

 私は今まで野菜作りの中で何をやってきたんだろうか。野菜の個体の姿を見抜く力がなければ、その野菜を最高に生かせない。こうした種のもつ個性、それがわかったときに私は初めて、その農家は作物を最大に生かすことができるということに気づいたときに、私は、ああ、種採りをしていてよかったな、という感じがしました。

[豊かな種取りの世界]そういうふうにですね、その野菜の一生とつきあうことで、いろんな野菜の自家採種を始めていったんですけれども、たくさんの野菜が自家採種できるようになってきました。まだ、自信をもって流通の方、消費者に届けられない野菜も、まだ選抜中の野菜もありますが、人参から始めた野菜が、ひとつひとつオリジナルが増えまして、たくさんの自家採種の野菜になってきたわけであります。

 この野菜の中には、本当にもう、非常に、まさに消えようとしている野菜もありますし、たとえば、京都の篤農家が先祖伝来作ってきた野菜もあります。ひとつひとつ思いと、その作物に対する思いがありまして、このごろ依頼される種が非常に珍しい種で、貴重な種が多くて、あ、これもいいわ、これもいい、ということで、ますます増えつづけているわけですけれども。どこまで増やしていけばいいのか迷ったりもしています(笑)。

■多様性を次世代につなぐ

 15年前から有機農業研究会の種苗部会に関わり、自家採種に取り組んできた岩崎さん。「私もまあいやな仕事を引き受けたもんだなぁ」と当時を冗談半分に語るが、話されている以上に、種の世界は技術的にも地道で時間のかかることと思われる。

 また、農業の世界が畑の何万株という「群」を管理して最大限の恵みを得る、ある意味「量」の営みであるのに対して、話にもあったように種採りが「個」を管理する、個体の力を見抜く智恵、「質」の営みであることも種に取り組むことの難しさを現しているといえるのではないだろうか?

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在来種は宝捜し…岩崎政利さん

 2003年の冬のシゴトで、長崎で自家採種を進めている農家の岩崎政利さんのお話を聞く機会を得た。僕はそのとき、同僚の成田国寛くんと、種は旅するんだよなぁ、とひとつ大きな世界が広がった思い出がある。大切な言葉たちなので、拙くはあるが当時の記録を多少の加筆修正のうえで、何回かに分けてここに再録する。

■種の世界は扉が開かれたばかり

 私は若いときに体を壊しまして、大学病院等転々としまして、結果的に2年近く寝たきりの生活をする中で、農薬をやめよう、化学肥料をやめようと決心をしてこの有機無農薬の農業を始めたわけですけれども、早いもので、20年もすぎたということです。その一環として種の問題も取り上げてきました。地道な運動でありました。種取りの技術が、今の農家の中に、ほとんどその技術的には残されていないということがあって、なかなか種が関心がいかなかったのが事実です。

 今全国で種取りの運動が広がってきつつありますが、種の取り方、保存の仕方、選抜の仕方、あるいはどういうものが今の時代に向いているか、まだ扉は開かれたばかりだと思います。これからも、ますますこの運動をすすめていきたいと思っています。

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■今の時代にあう在来種を

 私は、地方の伝統野菜をひとつひとつ集めていくなかで、そのすばらしさに感動してますし、こんなすばらしい野菜が残っていたのか、あるいはそのまさにその食べておいしい野菜が、寸前に消えようとしていることも、そういう野菜もあることを知りました。在来種、固定種はまるで宝物、宝探し、そんな感じですね。そんな野菜と出会ったときに、本当にすごい感動と喜びを覚えます。

[おいしい在来種]また、自分はなんでこの在来種が、と思って作ったような野菜を、それを食べた消費者が、あれはおいしい言う。あ、そうかな、と消費者によってまた気づいて残している在来種もあります。そういうふうに消費者の方に言われること、食べておいしい野菜を見出し、作り出していくことが私たち生産者として、これからは非常に大切な要素だな、という感じもします。その中にこういう固定種や在来種、自家採種した野菜がたくさん入るという感じがしています。

[生命力の強い在来種]また、こういう伝統的にその地方で受け継がれている在来種、固定種というのは、非常に、生命力が強いということ。それに比べて、今のF1種というのは、見栄えもよくて、大きくて、ある程度の耐病性、といいますか、病気にも強くて非常に作りやすいことも事実ですが、生命力に関しては、非常に在来種が強いのもわかってきました。

 その生命力として、究極は土と、太陽と水と人、そういう中でものができる、そういう時代がひょっとしたらこの種を育成することによって花になっていくんではないかと、そういう夢、ロマンが目標に生まれてきまして、種の運動はこれからの新しい農業の中では、避けて通れない運動であるという感じがします。

[自家採種の大切さ]その一方で、今の時代にあう在来種を見つけることが非常に難しい。在来種は個性が強くて、地方が違えばその地方にあわない、という種もたくさんありまして、探すだけではなく、どういう在来種を残していくか、非常に、悩み、探し求めてきたわけですけども、このことはですね、私、有機農業をしてる中で、これは大切なことであるということに行き着いたことも事実であります。この課題の延長線上にも、自家採種というものが位置付けられるような気がします。

■在来種は宝捜し

 お話の中で「種というものが、私たち生産者から非常に遠いものになっている」という言葉が印象に残った。生産者と消費者の距離が遠くなることで見えなくなってきた「顔の見える関係」をしっかり結んでいく作業が、これからの流通に求められる大切な役割と考えるとき、食べ物を作る営みの中にも、大きな時代の流れの中での「分業化」が進み、大切な本質が抜け落ち始めているのではと、素朴に思った。たとえば、私たちが昔から「ほうれん草」と呼び親しんできた野菜。在来の日本ほうれん草は今では珍しく、その大半がF1品種。品種がいつのまにか取って代わられている。背景には様々な事情があるのだが、「種」を考えるとき、作り手がどんな種を選ぶかは、食べ手が選べないだけに、とても大切なことと思う。

 岩崎さんは今の時代にマッチした種(在来種や固定種)を見出すのは困難である、とも話していたが、その困難な作業を、楽しさやすばらしさとしての「宝捜し」という言葉に置き換えたりする。それは「自分にしかない野菜を作りたい、もっとおいしいものを作りたい」という思いのなかでの、農業の「農」と「業」、本質と必然性の両方を追いかける逞しさなのではないだろうか。

岩崎さんちの種子採り家庭菜園

岩崎さんちの種子採り家庭菜園

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シードルの話

 先週訪れた長野県さみず村で、りんごの生産者たちと、どうやってりんごで盛り上がれるかと話していた。りんごの品質をあげるのもいいけどジャムとかいろいろ加工品で設けるのもいいねと、でもあれ加工屋さんに二束三文だしなぁ、加工所つくるって言ってもなぁとか……。その会話の中でふと思い出したのが、フランス・ブルターニュ地方のことだった。

「シードルつくれば?」と僕が切り出した。ブルターニュはシードルたくさん飲む所で、実はクレープ発祥の地で、もともとのクレープはガレットといってソバ粉100%であの地方の主食で云々。青森から長野まで、りんご生産者の暮らす場所はどこもソバの産地だ。日本産のシードルで儲けたらいいじゃないかと話が盛り上がった。

少なくともパリの街を歩きながらクレープを食べているときに、ブルターニュの農村にひろがるソバ畑を思い浮かべる人はいないはずである……。

 前々からブルターニュ地方には興味があった。フランスで唯一ケルト人の末裔が住む西北の半島。パリのカキといえばほとんどがここのブロン牡蠣で、オマール海老、ラングースト(イセエビ)の産地で、ブルトン語という独特の言語を持つ。玉村豊男さんの『パリのカフェをつくった人々』で描写されるこの地方は、フランスの辺境でも独自の文化が育まれた土地だ。

 本には、ブルターニュの出稼ぎ人がパリに牡蠣をもたらし、モンパルナスなど主だった駅の周辺での商いをするうち、故郷の味のクレープを出す店、クレープリーを始めて次第に定着していった物語が綴られている。このほかフランス中南部の山麓オーベルニュの出稼ぎ人がカフェを作った話や、ドイツ国境の町アルザスの出稼ぎ人がブラッスリーなど、パリってフランスの田舎の文化が少しずつ洗練されて形作られていったんだなぁ、ということがわかる、上質で充実したルポルタージュエッセイだ。

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 本では残念シードルの話は出てこない。勘違いかなと他の本をあたるとピタリここはまさにシードルの産地であるばかりか、有名なゲランドの塩を産する場所でもあったのだ。

 さみず村はかつて日本のりんご生産量の1%を産出するりんごの村だったと、代表の山下さんからは3回も聞かされてきた。今はそれほどでもないそうだが、村でいちばん景色のいい丘のいただきには、オシャレなレストラン(けっこう好き)サンクゼールが自家製ワイン用の葡萄を栽培している。ここはひとふんばり、さみずをシードルで盛り上げることができないかと夢想するのだが……

パリのカフェをつくった人々 (中公文庫)

パリのカフェをつくった人々 (中公文庫)

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山下勲さん

 しごとで再びさみずへ。どこかというと、長野県上水内郡飯綱町。長野県の北にあって、町村合併の前は三水村といわれていた場所だ。長野駅から新潟に向け北進するJR線で30分ほど。牟礼という駅から東に広がる標高500mほど。黒姫、妙高、斑尾、戸隠の4つの山の眺めが美しいりんごの里だ。ここにアップルファームさみずというりんご生産者の団体がある。前にも紹介したが、ここの代表Yさん、実名を山下勲さんという(本人にOKもらった)。f:id:buonpaese:20070512103529j:image:leftハチマキがトレードマークで、安全でおいしいりんごを作る生産者20数名を引っ張っている。カメラを向けると必ず破顔の笑顔でそれがたまらなくいいのだが、農作業のとき、厳しい打ち合わせをしているときの山下さんは大工の棟梁よろしくみごとな采配を振るうすばらしきリーダーの表情だ。いつかそんな山下さんの表情を撮ってみたいと思っていた。

 夕日を受けて腕組みする山下さんはまさに坂本龍馬。と、この写真を撮ったあと見せたらもどかしく笑った。それは(かっこいいとか関係ねえんだよなぁ)という迷惑そうな笑いでもあった。

 この写真もそうだが、僕は今回、山下さんという人をもっと知りたかった。しかしバタバタ忙しくほとんど話も聞けなかった。僕のひとまわり上のネズミ年mさみず生まれで、パートナーの和子さんは5つ年下だそうだ。前訪れたとき和子さんから「昔から有名だった」と。そんな勲さんがなぜ有名だったのかなと話を振っても「中学の頃から家を継ぐつもりだったもんから、学校の先生も内申書で苦労させずに済んだんだし、ラクな生徒だったヨ」と意味不明のお返事で、う~んやはりよくわからず。まあ、ワルガキだったのかなぁ。

f:id:buonpaese:20070615175354j:image:left

  この日は新築引越しやっと終わったよ、のタイミングで、和子さんの煎れるお茶を頂いた。いつもながらのおいしい、おばあちゃんのお漬物。藁葺きのお屋敷の客間に心癒される初夏の風がさらっとそよぎ入る。その光の美しさ。

 帰りにたくさんのりんごをいただいて、新幹線あさまの中で頬張った。この季節、表面は色も褪せ少し傷んんでいるものの、甘くひんやりとおいしかった。

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